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㉛大宰府政庁跡(都府楼跡)

  • dazaifubenihime
  • 9月21日
  • 読了時間: 1分

古代、西海道(さいかいどう/古代の行政区画:

筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩の9国と

壱岐・対馬・多禰の3島)の政治、外交、防衛の拠点であった大宰府政庁があったところ。奥の高くなったところが正殿跡。

東西には2棟ずつ脇殿がありました。

正殿の後ろの後殿で長官は執務したとみられています。

東の月山(つきやま)には漏刻(水時計)が置かれ、

時を知らせていたといわれています。

西の蔵司(くらつかさ)には巨大な礎石建物跡が残っています。

南は官庁域。

その先の朱雀門から朱雀大路が延びて条坊都市が広がっていました。

道真公の時代の政庁の建物はⅡ期のもので

長安城を参考に平城京造営関係者が建築しました。

現在見えている礎石はⅢ期のものです。


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正殿跡


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四王寺山岩屋城跡からの眺め


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蔵司跡


大宰府政庁跡:宰府市観世音寺4丁目6-1


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