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コラム 足跡をたどる
関連地をもっと深く知ってもらおうと作者 前野りりえが現地リポート!



㉞観世音寺
観世音寺は百済救済のために九州に下った斉明天皇が 661年に朝倉橘広庭宮(あさくらのたちばなのひろにわのみや)で亡くなったため、 天智天皇が発願した寺。 80年以上経った746年にようやく完成。 西海道最大の規模で「府の大寺」といわれました。 最盛期には49もの子院がありましたが、 そのほとんどは失われました。 現在の講堂と金堂は17世紀に再建されたもの。 宝蔵には圧倒されるほど巨大な丈六仏(約5m)3体(馬頭観音、不空羂索観音、十一面観音)のほか、 金堂、講堂に安置されていた諸仏が収蔵されています。 菅原道真公が南館で聞いた梵鐘は 「糟屋評(かすやのこおり)」の銘がある妙心寺(京都)の梵鐘と同じ鋳型で造られたとみられており、兄弟鐘とされています。 妙心寺の方が新しい時代の意匠を取り入れていることから、 観世音寺鐘の方が20年ほど早く造られたと推測されています。 現在、梵鐘は保存のため 九州国立博物館に寄託されています。 講堂 梵鐘(現在は境内にありません) 宝蔵
4月16日


㉛大宰府政庁跡(都府楼跡)
古代、西海道(さいかいどう/古代の行政区画: 筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・大隅・薩摩の9国と 壱岐・対馬・多禰の3島)の政治、外交、防衛の拠点であった大宰府政庁があったところ。奥の高くなったところが正殿跡。 東西には2棟ずつ脇殿がありました。...
2025年9月21日


㉚血持観音(ちけもちかんのん)
五条交差点からどんかん道に入り、 左手のエノキの木の裏側の根本に祀られています。 宮成(みやなり)家の妻は血の道(婦人病)の病に苦しんでいましたが、 道真公の助けで治ったといいます。 その後、妻が亡くなって墓所に石仏を祀ったところ、 婦人病に霊験あらたかとの噂が広まり、...
2025年7月13日


㉘太宰府天満宮>御子社
「南の館の物語」では紅姫は道真公が亡くなったあと、 土佐に配流(はいる)された長男高視卿(たかみきょう)のもとに 道真公から託された密書を届けるために旅立ったという創作ストーリーとしています。 太宰府天満宮本殿背後には道真公の四人の息子たちを祀る御子社があります。...
2025年3月16日
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